あめとムチ飴
「すぐ戻る」そう言って三條は特別分隊の待機室を出た。
手にはプレゼントらしき包みがあり楽しそうな表情が浮かんでいた。
「おい、!」
お目当ての人物を見つけ三條は声をかける。
「三條中佐。どうされました?」
声をかけられたは何の用かと尋ねた。
「今日はホワイトデーだろ?お返しってやつだ。」
「そのことですか。ですがあれは義理なので気になさらなくてよかったのに。」
はちょっと困ったように微笑んだ。
「義理ってはっきり言われんのもなぁ………。
まぁ日ごろの感謝の気持ちってことで気軽に受け取れ。」
「わかりました。ありがとうございます。」
は包みを両手で受け取った。
「開けてみろよ。」
三條は包みを開けるよう促した。
「飴ですか?」
「そうだ。だがその飴はが食べるんじゃねぇぞ。」
「すみません。意味が分からないのですが?」
自分宛の飴のはずなのに、自分が食べてはいけないとは
どういうことなのだろう。が困惑した表情を浮かべると三條はニヤリと笑い言った。
「その飴は名付けてアメとムチ飴だ!」
その言葉を聞いてはさらに困惑した。
「その飴の包み紙は命令書になっていてな、俺の判も押してある。
つまり司令以外の特分の奴らは逆らえねぇ訳だ。
が飴を薦めて受け取ったら命令書が出てくる
おもしろいだろ!」
楽しそうな三條を見ては呆れる。
「それって職権乱用ですよね。」
「いいじゃねぇか。細かいこと気にすんなよ。
さて、その飴の使い方がわかったところで行くぞ」
「えっ?!行くってどこに…」
「決まってるだろ、特別分隊の待機室だよ。」
「ちょと待ってください!」
「ほら来い。ぐだぐだ言ってっと運ぶぞ。」
三條の目が本気なのを見ては大人しく付いて行くことにした。
ただでさえ目立つ特分メンバーにそんなことをされては明日軍内でどんな噂になるかわからない。
「分かりました。行きますから運ばなくて結構です。」
「よし。」
三條とは特別分隊の待機室に向かった。
特別分隊の待機室に付くと三條は部屋の中を伺う。
黒田に見つかればまた面倒なことになる。
「黒指令官はいないようだな。ほら入れ。」
「押さないでください。」
三條に押されたためは転がるように特別分隊の待機室に入ることになった。
「失礼します!所属のです。」
は慌てて挨拶をした。
特別分隊の待機室の中にいたのは瀬戸口円中佐と山縣少佐だった。
「あら、いらっしゃい。」
「これはこれは。珍しいお客さんですね。」
待機室にいた円と山縣は突然の客に少し驚いたように言った。
の後ろにいる三條に気付いた山縣はくすりと笑うと
少し呆れるようにつぶやく。
「三條中佐、無理矢理では無いでしょうね。」
「んな訳ねぇだろ。やっぱりお前俺が上官だってこと
全然気にしてねぇだろ…」
「まさかそんなこと無いですよ。」
は三條の自分のペースを崩さない様子を見て
どっちらが上官だか分からないような気がした。
「まったく。
気にしないでね、何時ものことだから。それで誰に用があるの?」
「お前等に。つうか特別分隊の連中に渡したいものがあるんだとさ。」
が答える前に三條が答えた。
そして三條はに目で上手く続けと訴えてきた。
「そうなんです。今日はホワイトデーなので皆さんに食べていただこうと飴を持って参りました。」
とりあえずつっかえること無く言えたは今の言葉ならば大丈夫だっただろうか、と思った。
しかし相手が悪かった。
「確かバレンタインの時もお世話になっているからとお菓子を頂いた記憶があります。
なので本来は私達からあなたにお返しを渡すべきではありませんか?」
中にいたのが大隈少尉や西園寺少尉なら三條の無言の圧力で
気付いたとしても気付いていない振りをしてくれたかもしれない、
松方大尉だっら本当に気付かなかったかもしれない、
いっそ黒田指令官がいらっしゃればこんな嘘を言う必要が無かっただろうとは山縣の表情を見て思った。
山縣の表情を見れば飴を用意したのはではないことが分かっていると確信できた。
分かっているなら聞かないでほしいとは思った。
「山縣さん。折角持ってきてくれたのだから頂きませんか?」
助け船を出してくれた円の表情にも飴を用意した人物が誰か分かっていることが伺えた。
分かっていてもそう言ってくれる円にはバレンタインデーに一番チョコレートを貰っているという噂は本当かもしれない、
と思うと同時に感謝の気持ちでいっぱいになった。
「そうですね、その飴を頂くことがお返し。
と言うことにしておきましょうか。」
「そうそう人の好意は素直に受けとけよ。」
山縣は仕方ないと言う表情で言った。
そんな山縣に対して三條の表情は楽しそうだった。
「ありがとうございます。」
は飴を差し出した。
飴を受け取った山縣と円が飴の包みを開ける様子を三條はずっと人の悪い顔をして眺めている。
どんな命令が書いてあるか知らないは不安になった。
飴の包みを開けた二人はしばらく無言で包み紙を眺めていたが軽く笑って包み紙をポケットに仕舞った。
円はに向かってきれいな笑みを浮かべた。
「。」
円に呼び捨てで呼ばれたは緊張で体が固まった。
声がいつもの女性らしい声ではなくトーンの落ちた中性的な声になっていた。
「目を閉じてごらん。」
はゴクリと唾を飲むと目を閉じた。
不思議と三條や山縣のことは頭に入ってこず言われたことを拒むことも出来なかった。
が目を閉じると唇に何かが触れる感触がした。
慌てて目を開けようとすると目を手で覆われた。
「いい子だからもう少し待っていなさい。
不安がらなくて良い、すぐ終わるから。」
その言葉にの体はさらに動かなくなる。
「ほら終わった。目を開けて良いよ。」
が緊張しながら目を開けると目の前には鏡があった。
そしてそこに映っていたのは口紅の塗られた自分の姿だった。
鏡を持つ円の手に目をやると薬指の先には口紅が付いていた。
「その色の口紅、良く似合うよ。」
あまりの出来事に頭が付いて行かないはぼんやりした
頭のまま円の笑顔に見入っていた。
「君。あなたに秘密を一つ教えなければならないのですが何が知りたいですか?」
存在を忘れていた山縣に急に声をかけられたは慌ててそちらに目を向ける。
「あなたが知りたいと事を何でも言ってください。
もちろん私の秘密を聞いて頂いても構いませんよ。」
円の笑顔と比べると山縣の笑顔は少し怪しい魅力があった。
しかし山縣の笑顔もの意識と体を縛った。
何か言わなくてはと思っても先ほどからの許容量を超えた
出来事にただただ山縣をぼうっと見つめることしか出来なかった。
が何も出来ないままいると待機室の扉が急に開いた。
「何をしている。」
そこに居たのは黒田と松方だった。
三條は小さくやべっと漏らし、落ち着かない様子だったが円と山縣は落ち着いた様子だった。
山縣は平然とした様子で黒田に言った。
「黒田指令官。何をと申されましても
私達は上官命令に従って行動しておりました。」
言った後ポケットから先ほどの飴の包み紙を出すと黒田に渡した。
「山縣、お前!」
「山縣中佐。随分楽しそうだな。」
黒田は飴の包み紙を無表情に見て言った。
松方はの持つ飴に気づいたのか人好きのする笑顔でに近づいた。
「その飴の包み紙かな?一つ貰っていい?」
松方はに声をかけると飴を一つとった。
「この包み紙が命令書になって居るんですね。」
松方はその包み紙を見て少し考えるとの頭を軽く二回叩きながら家族を励ますような笑顔で言った。
「あんまり無理しないようにね。」
突然の松方の行動には困惑した。
「松方君が引いた飴の包み紙にはなんて書いてあったの?」
円が聞くと松方は何でもないことのように答えた。
「応援しろと書いてありました。」
「三條中佐も飴を一つ選んだらどうだ?
俺が印を押してやろう。」
は更に発言できない状況になってしまったため成り行きを見守ることしか出来なかった。
山縣と円、松方はこう言った展開に慣れているのかあわてた様子もない。
「分かりました。」
意外にも三條は黒田の要求をあっさりとのんだ。
そしてから飴を受け取ると命令書を黒田に渡した。
「黒田指令の命令に従います。印をお願いします。」
渡された命令書を見て黒田の眉間にしわが寄った。
そこには「お姫様だっこで施設内一周」と書かれていた。
この命令書に印を押すと、この命令書の内容は黒田が三條に出した命令と言うことになる。
つまり部下にお姫様だっこをして施設内を一周しろと命令したことになる。
黒田はため息を一つ付くと三條とに言った。
「三條中佐。以後命令書の使用を制限する。
君も巻き込まれただけならすぐに退室しろ。
ここは特別分隊所属の軍人が待機する部屋だ。
話は以上だ。」
「失礼いたしました。」
黒田の言葉には弾かれたように待機室から退室した。
そしてに便乗して三條も退室した。
「本当に一時はどうなることかと思いました。
でも今回のことで黒田大佐に目を付けられたらーーー」
「それはねぇよ、目ぇ付けられるってのは軍法会議物の問題起こしたときぐらいだろ。
例えば職権乱用とかな。
まぁ後は、手ぇ出しちまったっとかだが
あれくらいなら手出したうちに入らねぇから安心しな。」
笑いながら言う全く懲りていない様子の三條には呆れ返った。
「でもよ。楽しかっただろ?」
そうに笑いかける三條の笑顔は今日見た他の笑顔に負けないくらい魅力的だった。
ホワイトデーに向けて書いていたのですが気づけば6月に…
ホワイトデーということで名前変換のできる小説にしてみました。
主人公の性別は特に決めていないのでお好きな主人公で楽しんで頂けたら嬉しいです。
ここまで読んで頂きありがとうございます!(2009.06.01)
|