酒盛り



円は今、快の自室で開かれている飲み会の参加者である伊藤と黒田を捜していた。
開始時刻をとうに過ぎても一向に現れる様子のない2人を迎えに行くように快に頼まれたからだ。
昔から行事の度に遅れてくる伊藤と、結局それに付き合わされている黒田を迎えに行くのは
自分の役目だった。
軍施設内部で捜していた人物を見つけ、円は駆け寄った。

「伊藤さん、遅いから迎えに来ました。」
「おや、円ちゃん。そいつは悪かったですねぇ」

伊藤に怯びれる様子はなかった。

「いえ、いつものことですから。黒田君は一緒じゃないんですか?」
「そいつがねぇ、残念ながら黒田は今日来られないんですよ。」
「あっ!もしかして伊藤さんまた黒田君に仕事押しつけたんですか。」
「いやですねぇ、押しつけたなんて。たまたま手が空いている様だったんで少し仕事を任せたんですよ。
そしたらなぜかあたしの仕事は終わったんですが黒田の方は終わらないようだったんでね。
あたしも手伝うって言ったんですけど、任された以上自分でやるって聞かなくてねぇ、困ったもんですよ。」

伊藤はしらじらしい事を言った。

「どうせ、お目付役抜きで飲みたかっただけなんじゃないんですか?」
「円ちゃん、あたしが可愛い部下にそんな酷い事をする人間だと思ってたんですか…。」
「伊藤さんが黒田君を可愛がっているのは知ってますけど、伊藤さんの可愛がり方はひねくれてますから。」
「あんた口の利き方が兄貴に似てきましたね。」
「兄弟ですから。それより急ぎましょう、宮様も待ていらっしゃるんですよ!」
「はい、はい。」

円と伊藤は快の自室へと急いだ。


伊藤は快の自室の部屋をノックしてから開ける。

「失礼しますよ。」
「新遅いぞ!円すまなかったな迎えにいかせちまって。」
「いえ、いつものことですから。」
「全くだ。まあ、来ただけましだろう。」
「瀬戸口も円ちゃんも酷いこと言いますねぇ。」
「ははは。まぁでも新、言われても文句の言える立場じゃねぇな。」
「快までそんなこと言うんですか。」
「まぁ、とにかく座れよ。黒田はどうした?」

快は入り口に立ったままの2人に椅子を勧める。

「大方、伊藤に仕事を押しつけられて来られないんじゃないのか?」
「さすが兄さん!当たりよ。」
「どうせあたしは悪者ですよ。」

瀬戸口兄弟に責められ伊藤は拗ねるような素振りを見せた。

「まぁまぁ、2人とも良いじゃねぇか。黒田が来れねぇのは残念だがせっかくの酒だ、早く飲もうぜ。
新もたまにはお目付役なしで飲みてぇだろ?」
「快!やっぱあんたいい奴ですねぇ。」

快の一言で伊藤は急に上機嫌になった。

「もう、相変わらず宮様は伊藤さんに甘いんですね。」

文句を言いながらも、円は3人に酒をついで回る。

「そうそう、この間結様に会ったんですがあの子もいい子に育ちましたねぇ。
眼はあんたに似てましたが、雰囲気は紬さん似ですねぇ。」
「そう言えば結に剣の稽古付けて貰ったみてぇだな。礼言うのが遅くなっちまったが、ありがとな。」
「別にあたしは何もしていませんよ。」
「だろうな、誰か別の人間に相手させたんだろう?」
「ええ、さすが参謀よく分かってますね。…黒田に任せました。」
「驚いたな、あの黒田が他人の稽古を付けられる様になったとは」
「黒田君に任せると、相手を潰してしまって稽古にならなかったですからね。」
「あれも成長しましてね。近くに良い見本がいるからでしょうね。」
「伊藤という反面教師のお陰ということか。」
「兄さん、それならもっと前から良くなっていたはずよ。だって黒田君は
伊藤さんとずっと一緒にいたじゃない。黒田君に良い影響を与えたのは多分松方君だと思うわ。」

仁の言葉に軽く眉をひそめながらも、伊藤は黒田の変化を敏感に感じ取っている円に感心した。

「円ちゃん、当たりですよ。松方は黒田に足りないものを補ってくれています。」
「松方か…、確かに彼は黒田に無いものを持っているな。まぁ逆の部分もあるが。」
「それは、みんな同じぇねえのか?すべてを持ってる人間なんていやしねぇよ。
だからすべての人間が大切なんじゃねぇのか?」

快が国主という立場になって仕事以外でこうして顔を合わせることも減ってしまったが、
少しも昔と変わらない快の様子に円達3人は少し嬉しくなった。

「そうですね。宮様らしいです。」
「そうそう、少し足んない所があった方が愛嬌があって良いですよね。」
「快らしいな。…しかし、伊藤の場合常識ぐらい持った方がいいと思うが…」
「瀬戸口、いい加減にしなさいよ。さっきから聞いてれば随分言いたい放題言ってくれるじゃないですか?」
「本当の事だろう。図星を指されて頭に来たか?」

いつもなら伊藤の押さえ役の黒田が止めるところだが今日はいないため、
円は今にでも喧嘩を始めそうな2人を止めようとするが伊藤の気迫に押されて口を挟めない。

「おいおい、二人ともいい加減にしねぇか!
まったく相変わらず仲が良いのか悪ぃのかわかんねぇなお前らは。なぁ、円。」

伊藤の気迫に押されることもなく快は2人を怒鳴りつけ、その後呆れたように言った。
快の言葉に背中を押され円もそれに続く。

「宮様の言うとおりですよ。伊藤さん黒田君に言いつけますよ。」
「それだけは簡便!あいつの小言は長いし聞いてると気が滅入っちゃうんですよ…。」
「まぁ何にせよ、自分に足りないものを補ってくれる奴に会えたってのは幸せなことだよな。
俺に足らねぇものなんて山ほどあるが、それを補ってくれる奴らがお前等を含めて
この国にはたくさんいる。ありがてぇ事だよ。
俺が国主なんて事をやっていられるのはそいつ等のお陰だ。俺は出来る限りそいつ等に恩返しがしたい。」

快の昔から変わらない真摯な言葉に3人は聞き入っていた。

「なんか、真面目に語っちまって恥ずかしぃな。」

3人がまじめな顔をして聞いているのに気づいた快は、照れくさそうに頭を掻いた。
その後は、他愛もない雑談が穏やかに続いた。


しばらくすると、ドアを控えめにノックする音がして扉が開いた。

「あなた、そろそろお開きにされた方がいいと思いますよ。みなさん明日も仕事なんですから。」

ノックの音と同じく控えめな声で快の妻、紬は言った。

「おっもうそんな時間か?じゃあ今日はこの辺でお開きにするか。
新、今度の時は黒田と…あと松方も連れてこい。黒田を変えた男に会って見たい。」
「分かりましたよ、誘ってみます。」
「でも、松方君緊張するでしょうね。宮様の自室でこのメンバー…」
「それもそうだな。よし!次は外で飲もう。仁、悪ぃがどこか店探しといてくれねぇか?」
「まったく、外で飲むなんて…。国主と言う立場を考えて欲しい。まぁ今更言っても仕方ないがな。
分かった、探しておこう。」
「なに、兄さん諦めたの?」
「違う、悟ったんだ。言って聞くような奴ならこんな苦労はしてないさ。」
「仁にも本当に苦労を掛けてるな。じゃあ次を楽しみにしてるぞ。」

瀬戸口達3人は、それぞれ別れの言葉を言って退室した。
快の自室には紬と快の2人が残った。

「あなた、いい顔になったわ。ここのところ疲れていたようだから心配していたのよ」
「そうか…。俺は疲れていたのか」
「ええ、自覚はなかったようだけれど。
瀬戸口さん達と話すのは良い気分転換になったみたいで安心したわ。」
「そうか…。ありがとな。」
「いいのよ、お礼なんて言わなくて。」

紬は優しい笑みを浮かべた。


山国絵巻、第三作目。このお話でやっとキャラクター紹介に載せたキャラクターが一通り出てきました。まだ出番の少ない
キャラクターもいるので少しずつ書いていけたらと思っています。ここまで読んでいただきありがとうございました。(2006.05.20)

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