始まりの日・伊藤編



島国の中心に近い集落では争いが続いていた。
武器職人が集う集落の長が北国に武器を納めるのを拒否したため
北国の命を受けた他の町の人々が攻めてきていた。
しかし、守りの堅いドーナツ型をしている円楼に暮らしているおかげで
今のところは攻撃を凌げている。


「まったく、しつこい。」

侵略を試みた人々を退け、日が沈んだので円楼へと戻ってくると
苛立たしそうに刀を置き井戸のそばに腰をかけた。

「そんなところに腰をかけると、着物が汚れます。」

伊藤は黒田のその言葉を聞くと軽く笑った。

「あんたねぇ。これだけ汚れてるんだ
今更泥汚れなんか気にしてどうするんですか。」

伊藤と黒田の酷い格好は争いの激しさを物語っていた。
もっとも酷い格好なのは二人だけでなく、円楼へ戻った集落の男性
すべてが同じような格好になっている。
黒田は黙って手ぬぐいを水でぬらすと伊藤に差し出した。

「顔、拭いたらどうですか?」

「どうも…。あたしはねぇこの争いの意味がわからなくなってきましたよ。
確かに親父の言い分も分かりますよ。自分達の作った武器は守るためのものであって
奪うためにあるものではない。それを誇りに武器を作ってきたことも知っています。
しかし、今の状態はどうなんでしょう?誇りを守るために人の命を奪って…。」

伊藤はそこまで言うといったん言葉を切り、黒田に手ぬぐいを返し言葉を続けた。

「虫のいい話かもしれませんが。黒田、あたしはねぇ武器も渡さなくて済んで
さらに人の命を奪わずに済む道はないか、そればかり考えるんです。」

「そんな夢みたいな事を…。休めるうちにさっさと休んでください。
また奴等が攻めてきます。」

呆れた顔をして黒田は自分の寝床へ戻って行った。

「本当に、夢みたいなことなんですけどねぇ。」
地面に座ったまま伊藤はそんな道を想像しようとしたが、どうも上手くいかなかった。

そんな伊藤の姿に気付いたのか、一人の青年が駆け寄ってきた。

「新様!早くお部屋に戻って休んでください。見張りは我々がきちんとしますので
お任せください。」
「様付けはやめてくださいよ。長は親父であたしはただの兵隊なんですから。」

伊藤は苦笑いをうかべる。

「そんな!新様の戦う姿はみんなの希望になっています。
新様がいれば北国など怖くありません!」
青年は伊藤の顔をしっかり見つめ何の迷いも無い様子で言った。

「あっそろそろ見張りの交代の時間ですので。
それでは、失礼いたします。早くお休みになってくださいね。」

伊藤は、青年の言葉に複雑な思いを感じた。希望を抱くことは確かに大切だ
しかし自分がいるからといって北国と戦って勝てるとは伊藤は思っていなかった。
もちろん自分が戦場にいる限りみんなを守るために全力を尽くす。
ただ北国の力はあまりにも大きすぎるのだ、今自分たちが戦っているのは北国の
軍ではない。彼らはこの地で暮らしてきた人々だ。
北国の軍のごく一部は海岸の町を占拠しているが、残りは北国の国内にいる。
北国の軍隊が増援されこれ以上の長期戦になれば明らかにこちらの方が分が悪い。
争いを重ねるごとに苦戦するようになってきていることを伊藤は感じていた。
伊藤はしばらくその青年の去った後を見つめていた。
その夜、伊藤は一度部屋に戻り着替えたがどうにも眠れそうもないので
気分転換をしようと円楼を抜け出した。



このお話は前から書きたいと思っていた山国が独立する前のお話の伊藤編になります。
読んでいただきありがとうございます(2007.01.20)


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