始まりの日・松方編



山国の南西に位置する大都市、夏至にある軍の施設の中を一人の青年が歩いている。
周囲の人間が彼に向ける目はどこと無く冷たい。

「あいつ、また賊を全滅させたらしいぞ。」
「らしいな、階級も上がるって噂だ。」
「へぇ。顔見るだけじゃ分かんないもんだな。」

ひそひそと話す声が彼の耳に届く。
自然と青年の足取りは速くなり逃げるように施設を後にした。
声を振り払うように歩いていた青年は気付くと海に出ていた。
海は青年の心をいつもの優しさで満たしてくれる。

「何のために……。」

すべてを受け入れてくれるような海を前にして
青年の口から言葉が零れた。
その声は、弱くすぐに波の音にかき消される。


青年は幼い頃より剣術を学んできた。
そのため戦闘になると自然に体が動いた。
無心に剣を振るっていた。
ただ守るために。


しかし、青年の力は強すぎた。
強すぎる力は多くのものを奪ってしまう。

ある人の強さに憧れて軍に入った青年だったが
最近では剣を振るうたびに失われていくものの多さに耐えられなくなっていた。

彼は自分自身の力の大きさに怯え苦しみ始めていた。

「松方望。」

不意自分の名前を呼ばれた青年は驚き、声のした方を振り返った。
振り返った青年は、自分の名を呼んだ人物の顔を見てさらに驚いた。
そこには自分が憧れた黒田真が立っていた。
自分が軍に入るきっかけになった人物との突然の対面に
何も言葉が出てこなかった。

「松方望、間違えないな。」

何も言わない松方に黒田が焦れてもう一度聞いた。

「はっ、はい。」

「そうか。」

黒田は一言だけ言うと刀を抜き松方に向けた。
突然のことに松方は戸惑った。
言葉を発しようとした松方に殺気が突きつけられる。
松方の手は無意識に剣を抜いていた。
全神経が黒田の動きに集中する。
今まで経験したことの無い殺気に、神経が研ぎ澄まされていくのを 松方は感じていた。

黒田が動いた瞬間松方も動く。

黒田の刃先は松方の首数センチの手前のところで停まり
松方の剣は黒田の体ぎりぎりの所を貫いていた。

松方は自分の剣先を見て体中の力が抜けるのを感じた。
もし黒田が避けられなければ確実に自分の剣は黒田の心臓を貫いていた。
先ほどまで落ち着いていた心拍数が一気に乱れる。

「良い腕だ。」

顔色が悪くなってしまった松方に、黒田は何事も無かったかのように声をかける。

「―――せん。」

「何だ?」

「すみませんでした。」

松方が声を絞り出すと、黒田は意味が分からないといった表情をした。

「今の勝負はなかなか良い勝負だった。
全く相手にならなかったと言う訳ではないから謝る必要は無い。」

「いえ、その。そういう意味ではなく。」

「殺すつもりだった、と言うことか。」


「―――はい。」

「なぜ謝る。当前のことだろう。
松方望、お前は良い腕を持っている。さらに磨きをかければ―――」
「私はもう剣を振るう気にはなれません。
俺はあなたに憧れて軍に入りました。最初はただあなたの様に強くなりたかった。
しかし、最近は剣を振るう事が怖くなりました。」

「私の剣は、守るべきものの区別も付かない―――」

松方はそういうと口を噤みうつむいた。

「松方望、お前が何を言いたいのか俺には分からない。
―――腕を磨け。その力は誰にでもあるわけではない。」

松方はその言葉を拒絶するように視線を下に向け続けた。

「松方望、軍の基本理念を言ってみろ。」

突然投げかけられた問いに驚いて顔を上げると黒田と目があった。
静かな黒田の目に促され松方の口から言葉がこぼれた。

「"人を思え"です。」
「そうだ。―――先ほども言ったがその力は誰にでもある物ではない。
力を持たない人たちのことを思えば、自分の力を磨く事をためらうなど、理解できないな。」
「その力が、大切なものを傷つけるとしてもですか。」

「なるほど。先ほどから何に怯えているのかと思えばそんな事か。」

黒田は、ようやく合点がいったという様な顔をした。

「松方望、俺の剣になれ。余計なものを傷つけないよう俺が納めておいてやろう。」

黒田のすっきりした表情と逆に、松方は話についていけなくなり困惑した表情を浮かべる。

「お前の力、守るべきもののために振るってやる。
俺の元で安心して腕を磨け、いいな。」

松方は黒田の言葉の意味すべてを理解できたわけではなかったが
自分の力への怖れを打ち消す様な強い言葉に頷いた。

数日後、松方に特別分隊への転属命令が下された。



このお話は松方君が特別分隊に入るきっかけの出来事を書きました。松方君にとっての始まりの日はその日になると思います。
黒田さんは松方君の剣の腕の評判を聞き、出来て間もない特別分隊にどうかと確かめにきました。
―――本文中で全く表せていないですね。
松方君は自分の力の強さにきっと悩んだと思います。優しい子なので。
読んでいただきありがとうございました。(2008.02.20)


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